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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8758号 判決 1977年3月28日

甲乙両事件原告 島田努

右訴訟代理人弁護士 岡田克彦

同 徳住堅治

甲事件被告 小林光雄

乙事件被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右被告両名訴訟代理人弁護士 斉藤健

右被告国指定代理人法務事務官 田井幸男

<ほか五名>

主文

一  被告国は原告に対し、金二万六七四〇円及び内金二万三二四〇円に対する昭和四九年一一月一日から右支払済まで、残金三五〇〇円に対する本判決確定の日の翌日から右支払済までそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国に対するその余の請求及び被告小林光雄に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告国との間に生じたものはこれを二〇分し、その一を同被告の負担、その余を原告の負担とし、原告と被告小林光雄との間に生じたものは全部原告の負担とする。

四  本判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

但し、被告国が金二万六七四〇円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して金五三万三五〇〇円及び内金三三万三五〇〇円につき、被告小林光雄に対しては昭和四九年八月一一日から、被告国に対しては同年一一月一日から右支払済まで、残金二〇万円につき被告両名に対し本判決確定の日の翌日から右支払済までそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、東京南部小包集中局発着課に勤務する郵政事務官であり、全逓信労働組合(以下、全逓という。)東京南部小包集中局支部の組合員である。

(二) 被告小林光雄は、後記不法行為の当時前記郵便局の第一小包郵便課課長代理であった。

2  被告小林の原告に対する暴行及びこれに至る経過

(一) 昭和四九年一月一二日、全逓東京南部小包集中局支部は当局に対しレクリーダー制の廃止を要求する署名提出行動を行なうこととし、午後零時一二分ころ原告を含む組合員が前記郵便局庁舎五階の予備室に集まった。そこで趣旨説明があった後、組合員らは六階に上り、第一コアーのエレベーター(別紙図面参照)前で三列縦隊を組み、同一三分ころ庁内デモ及び抗議行動を開始した。組合員のうち佐藤敏治、功刀清、中谷及び原告が、管理者とのトラブル防止のための整理班として配置についた。デモ隊は調整課、第二コアーのエレベーター前を通り、局長室、庶務会計課前へ進んだ(別紙図面参照)。これに対し、管理者側は小室次長、川村庶務課長、被告小林らが局長室入口前と庶務会計課入口前の二手に分かれて庁舎警備に当たっており、また、舘野労務担当主事はデモ隊の近くでハンドマイクを用いて中止解散命令を発出していた。デモ隊はさらに第一コアーの階段、食堂前を通り、中廊下を通って再び局長室前から庶務会計課前に進んだ。これに対し、舘野主事は次長室前付近で中止解散命令を発出しており、小室次長と被告小林は庶務会計課の局長室側の入口付近にいた。他方、原告は庶務会計課の右入口前の廊下中央におり、舘野主事とは少くとも八メートル位離れていた。

(二) そして、原告が近づいてくるデモ隊を見ていたところ、突如後ろから被告小林に膝蹴りされた。原告が同被告に抗議すると、同被告は無言のまま庶務会計課の壁の方へ後退した。原告は同被告に抗議して詰め寄ったが、そのときの両者の間隔は顔の部分で二〇ないし三〇センチメートル、腹部で一〇センチメートル位であり、また、同被告と壁との間隔は五〇センチメートル位あったから、同被告において動きがとれないということはなかった。そして、原告が抗議していると、同被告は突如上半身を後方にそらして頭を原告に対して振りおろした。原告はこれを避けられず、同被告の額が原告の左目から額にかけて当たり、また、同被告の帽子のひさしも原告の頭に当たった。この頭突きのため原告は全身が熱くなりボオーとして倒れ、数秒間気を失った。

3  原告の損害

被告小林は前記2のとおり原告に暴行を加え、よって、加療約二〇日間を要する前額部打撲の傷害を負わせたものであり、これにより原告は次の損害を受けた。

(一) 治療費     三万三五〇〇円

(二) 慰藉料    三〇万円

(三) 弁護士費用  二〇万円

原告は被告らに対し右(一)(二)の損害の賠償を求めたが、被告らがこれに応じないので、やむなく原告訴訟代理人に本訴の提起を委任し、勝訴したときは報酬として二〇万円を支払う旨約定した。

4  被告らの責任

(一) 被告小林は前記2の不法行為により原告が受けた前記3の損害を被告国と連帯して賠償する責任を負うものであり、後記(二)のとおり被告国が賠償責任を負うからといって被告小林が免責される理由は存しない。けだし、国家賠償法一条は被告国の自己責任を定めた規定であって当該公務員の責任の有無とは無関係なものであるし、実質的に考えても、当該公務員が免責されるとすることは公務員を一般私人より過当に保護することになって著しく権衡を失するものであり、また、公務執行の適正を担保するという観点からしても、公務員の故意または重過失による違法行為の場合には当該公務員はともに賠償責任を負うべきものである。

(二) 被告小林による前記2の不法行為は、全逓組合員の庁内デモの際の庁舎警備等の行為に関連して惹起された傷害事件であり、被告国は国家賠償法一条、民法七一五条により原告に対し被告小林と連帯して損害を賠償する責任を負うものである。

5  よって、原告は被告らに対し、連帯して前記損害金合計五三万三五〇〇円及びこのうち治療費と慰謝料の合計金三三万三五〇〇円につき、被告小林に対しては訴状送達の日の翌日である昭和四九年八月一一日から、被告国に対しては同じく訴状送達の日の翌日である同年一一月一日から右支払済まで、弁護士費用金二〇万円につき、被告両名に対し本判決確定の日の翌日から右支払済まで、それぞれ民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実のうち、原告主張の日に全逓東京南部小包集中局支部の一部組合員がレクリーダー制度の廃止を求めて署名提出行動を行ない、同局六階で庁内デモを行なったこと、その際原告が庶務会計課事務室前にいたことは認めるが、その余は否認する。

3  同2(二)の事実は否認する。被告らの主張は後記三1のとおりである。

4  同3の事実のうち、被告小林が原告に暴行を加えたこと、同暴行により原告が加療約二〇日間を要する前額部打撲の傷害を負ったことは否認し、その余は知らない。

5  同4(一)は争う。仮に被告国が国家賠償法一条により損害賠償責任を負うとしても、その場合には被告小林は損害賠償責任を負うものではない。

6  同4(二)のうち、被告小林が当時、庁舎整備の職務を行なっていたことは認めるが、その余は争う。

三  被告らの主張

1  本件事実経過は次のとおりである。

(一) 昭和四九年一月一二日、全逓東京南部小包集中局支部組合員のうち約四〇名が東京南部小包集中局六階において庁内デモを実施した際、原告は午後零時一九分ころ、庶務会計課前廊下において携帯マイクにより解散命令を発出していた舘野庶務会計課主事に対して「うるさい、マイクはやめろ。」等と叫び、右携帯マイクの開口部を手で塞ぎ、これを引きおろすようにして同主事の職務を妨害し、さらに同主事の背後にまわって同主事の両肩に両手をかけ、大きく前後にゆさぶった。同主事はよろめきながら、原告に対し右妨害行為をやめるように命じ、また、そばにいた被告小林と小室次長も、原告に対し暴行をやめるように注意したが、原告はこれを無視して同主事の体をゆさぶりつづけた。

(二) そこで、被告小林が原告に対し再度強い口調でたしなめたところ、原告は同主事の背後から同被告の前面にまわりこみ、同被告の顔に自己の顔をすりあげるようにして、「お前には関係ないことなんだ、何が暴力だよ。」等と言いながら執拗に詰め寄ったため、同被告は後退して壁に背をつけ、顔をのけぞらせる状態でいたが、そのうち右状態を維持することが苦しくなったため、あごを引いて顔を正面に戻したところ、同被告の着用していた布製の作業帽のつばが、顔をすりあげてきていた原告の額付近に当たった。

(三) すると、原告は左右を眺めまわしてニヤリとし、「イテ、イテ、暴力だ。」等と言いながら二、三歩あとずさりして、ゆっくりと寝ころんだ。ところが、他の組合員らが問題にしなかったため、原告はきまり悪そうに起き上がって、デモ隊に加わった。

2  仮に、原告に前額部打撲の事実があったとしても、原告は舘野主事の解散命令の発出を暴力的に妨害するという職場秩序びん乱の行為を行ない、これを被告小林に強く注意されたことに激昂して同被告に詰め寄って激しく抗議し、その際に同被告の着用していた作業帽のつばが原告の額に当たったにすぎず、その打撲の程度は極めて軽微なものである。右事実からすれば、原告の自損行為というべきものであって法の保護に価しないものである。

四  被告らの主張に対する答弁

1  同1の事実につき、請求原因2に反する部分は否認する。

2  同2は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  争いのない事実

原告が東京南部小包集中局発着課に勤務する郵政事務官であり、全逓東京南部小包集中局支部の組合員であること、被告小林が本件事故当時、同局第一小包郵便課課長代理であったこと、昭和四九年一月一二日前記支部の組合員の一部がレクリーダー制の廃止を要求して署名提出行動を行ない、同局六階で庁内デモを行なったこと、その際原告が庶務会計課事務室前にいたこと、前記デモの際被告小林が庁舎警備の職務を行なっていたことは、当事者間に争いがない。

二  被告小林による暴行の有無

《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  昭和四九年一月一二日、全逓東京南部小包集中局支部は同局局長に対し、レクリーダー(レクリエイションリーダー)制度の廃止を要求して組合員による庁舎内デモ及び署名提出行動を行なうこととし、同支部組合員約四〇名は同日午後零時一三分ころ同局六階第一コアーのエレベーター前で三列縦隊を組み、庁舎内デモを開始し(同日の署名提出行動及び庁舎内デモの点は争いがない)、食堂前、第二コアーのエレベーター前を通過し、庶務会計課事務室前を通って一周した(別紙図面参照)。これに対し、当局側は、同局次長小室正夫の指揮のもとに、小室次長、川村庶務会計課長、被告小林(第一小包郵便課課長代理)、舘野庶務会計課労務担当主事外数名が局長室及び庶務会計課事務室前の廊下で、庁舎警備及び職員監督の職務に就いていた(被告小林が庁舎警備の職務に就いていたことは争いがない)。そして、舘野主事はデモ隊に近づき携帯拡声器を用いて、中止解散命令を発していたが、デモ隊との接触による不測の事故を懸念した小室次長の指示により、デモ隊が二周目に入ったころからは同次長らとともに庶務会計課事務室前付近を離れなかった。他方、前記組合支部としても、デモを行なう組合員と小室次長ら管理者との間の摩擦を避け、且つ庁舎内デモ及び署名提出行動を完遂するため、組合員の中から佐藤敏治(後に加藤と改姓)、功刀清及び原告を整理班として庶務会計課事務室前付近に配置していた(原告が同所にいたことは争いがない)。

2  デモ隊は一周後さらに食堂前からいわゆる中廊下を進んだ。一方、舘野主事は前記のとおり小室次長、被告小林らとともに庶務会計課事務室の局長室側の入口前付近の壁際におり、デモ隊が見えない位置ではあったが、前記拡声器を使用し、その開口部を斜め上方に向けて中止解散命令を連呼していた。ところが、午後零時一九分ころ、舘野主事の間近にいた原告は、大声で「うるさい、マイクはやめろ。マイクなんかぶっこわしても知らねえぞ。」等と叫びながら、舘野主事が使用している前記拡声器の開口部を手のひらで塞ぎ、次いで同拡声器を引きおろし、さらに同主事の背後にまわり同主事の両肩に両手をかけて前後にゆさぶった。このため、同主事は前にのめりながら、同主事の業務に対する妨害行為をやめるよう大声で制止し、また、すぐそばにいた小室次長と被告小林も、原告に対し同主事に対する暴行をやめるよう強く注意したのであるが、原告はこれを無視し「うるさい、マイクはやめろ。」等と叫びながら同主事の体をゆさぶりつづけた。

3  そこで、被告小林がさらに強い口調で原告に対し「君、暴力行為ではないか、やめなさい。」と制止したところ、原告は舘野主事の身体から手を離し、同被告の方に向き直り、同被告の顔に自己の顔をつけるようにして「おまえには関係ないんだ、なにが暴力だよ。」等と言いながら詰め寄ったので、同被告は顔をのけぞらせて壁際一杯にまで後退した。しかし、原告がさらに伸び上るようにして同被告に顔を近づけたため、同被告は後退する余地を失い、のけぞらせていた顔を元に戻すと同時に前額部を原告の顔に打ち当てた。これにより同被告の額が原告の左眉付近に当たり、同被告の着用していた布製の作有帽は脱落した。

4  被告小林の前記のような頭突きを受けた原告は、「いて、いて、暴力だ。」等と言いながら、二、三歩後ずさりして腰を落し、うつ伏せになった。しかし、デモをしていた他の組合員は一名を除いて前記頭突きを目撃しておらず、また、これを目撃した功刀清は被告小林に対し一旦は抗議したものの、前記組合支部の同日の目的である署名提出行動を午後零時三〇分までに終えることを最重要視していたので、それ以上抗議せず、起き上がった原告とともにデモ隊に加わって「マル生レク反対」のシュプレヒコール等を行ない、間もなく原告を含む組合員らは解散した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  原告の損害

1  《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

(一)  原告は、被告小林から前記頭突きを受けた当日(昭和四九年一月一二日)の午後、銀座菊地病院において医師の診察を受けた。同医師は原告から、原告が前記頭突きを左眉付近に受けたこと(但し、同医師は、殴打されたものと誤解した。)及びそのとき「頭がボーッとした」旨の訴えを聴き、さらに左眉付近の疼痛、肩こり、頭痛がある旨の訴えを聴いたが、眼底検査では異常がなかったこと等の診察結果を総合して、原告の症状につき「左前額部打撲傷、脳震蕩症」と診断し、湿布剤等を投与した。同月一四日、原告は同病院の医師に頸部の疼痛を訴え、薬剤の投与を受けた。同医師は原告の症状につき、前額部打撲により全治一週間の見込である旨の診断書を作成して原告に交付した。同月一六日、原告は項(うなじ)部の疼痛を訴え、薬剤の投与を受けた。同月二二日、原告は頭痛と左頸部の緊張感を訴え、薬剤の投与を受けた。

(二)  同月二三日、原告は頸部の疼痛を訴え、同日から同月二五日にかけて牽引による治療を受けた。なお、牽引の費用は一回当り金九〇〇円であった。同月二八日、原告は左眉付近と眼の疼痛を訴え、眼の検査を受けたが異常はなかった。医師は、牽引を行ない、鎮痛剤を投与して経過をみることにした。同月二九、三〇日、同病院の医師は原告に対し牽引を行ない、同月三〇日原告の前額部打撲傷が同日治癒した旨診断した。なお、原告が同日までに同病院に支払った診療費の合計は金三万三五〇〇円であった。

(三)  なお、原告は、昭和四八年二月末から同年三月末まで前記銀座菊地病院に通院して椎間板ヘルニアの治療を受けたことがあり、また、椎間板ヘルニアと疲労性腰痛症の治療のため、同年四月一日から同年五月一三日まで板橋区の小豆沢病院に入院し、その退院後も本件事故の後である昭和四九年四月二六日まで週二、三回同病院に通院しており、前記(一)、(二)の治療中もこれと併行して小豆沢病院で椎間板ヘルニア等の治療を受けていたものである。

2  そこで、前記頭突きと相当因果関係を有する損害の範囲について検討する。

前記二3に認定したとおり、被告小林が原告に頭突きを加えようとしたときは原告の顔が間近にあったし、同被告の直後には庶務会計課事務室の壁があったから、同被告が大きく反動をつけることは不可能であることは明らかであり、その直後原告が起き上がってシュプレヒコールに加わっている点からみても同被告の頭突きが原告に与えた衝撃は甚だ軽微なもので、いわゆる「むち打症」を惹起する自動車事故などとは類を異にするものであることが明らかである。前掲甲第二二号証の一及び乙第六号証の診療録中の本件事故当日(昭和四九年一月一二日)の欄に、原告の左眉付近について特に発赤、腫脹、内出血等が存する旨の記載がないことは原告の受けた左前額部打撲が軽微のものであることを裏付けるに充分である。

以上の事実に、前記1(一)の医師が全治一週間の診断書を発行した事実を総合すると、原告が被告小林の頭突きによる症状であるとして前記病院で受けた治療のうち同月二三日から同月三〇日にかけて合計六回行なわれた牽引に対し原告が支払った治療費に関する限り、前記頭突きによって牽引を必要とする如き症状が通常生ずるものとは到底考えられないから、被告小林の前記頭突きとの間に相当因果関係を有するものとは認め難い。したがって、前記診療費合計金三万三五〇〇円から一回金九〇〇円の牽引六回分の費用金五四〇〇円を控除したその余の診療費に該る残額金二万八一〇〇円の限度で相当因果関係を有するものと認めるのが相当である。《証拠判断省略》

3  次に、慰謝料について判断する。

原告は、前記二、三1に認定したとおり、被告小林の頭突きにより左前額部の打撲を受けて左前額部付近の疼痛がつづき、一〇日間以上の通院治療を受けたものであり、その他本件に顕われた諸事情を考慮すると、原告の過失を斟酌しない場合、原告の肉体的精神的苦痛に対する慰謝料としては金三万円が相当である。

四  被告らの責任

1  被告国について

前記一、二のとおり、被告小林は本件事故当時、全逓東京南部小包集中局支局の一部組合員による庁舎内デモに対処するため、小室次長らとともに庶務会計課事務室前の廊下において庁舎警備及び職員監督の職務に当たっていたものであって、同じく右職務に就きデモ隊に対し中止解散命令を連呼していた舘野庶務会計課労務担当主事に対し原告が暴行するのを認めて同被告がこれを制止したところ、原告が同被告に対し暴言を吐きながら顔をつけるようにして執拗に詰め寄ったため、後退の余地を失った同被告が頭突きによって反撃を加えたものである。

したがって、被告国の公権力の行使に当たっていた国家公務員である被告小林が、その職務を行なうについて故意により違法に原告に対し損害を加えたことが明らかであるから、被告国は国家賠償法一条一項により原告に対しその損害を賠償する責任を負うものである。

2  被告小林について

およそ国家賠償法一条一項により国又は公共団体が賠償責任を負うべき場合に、当該違法行為をなした公務員も賠償責任を負うものか否かについては、これを消極に解するのが相当である。

原告は、国家賠償法一条は国の自己責任を定めた規定であり、当該公務員の免責を認めることは一般私人の場合に比して公務員を過当に保護することになって著しく権衡を失するし、また、公務執行の適正を担保するという観点からしても、公務員に故意又は重過失があるときには賠償責任を肯定すべき旨主張する。

しかしながら、(一)国家賠償法一条一項は「国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」ことを明言し、これにつづけて同条二項において公務員に対する求償権を規定するとともに、これに応じて同法附則において、従前、公証人や戸籍吏等に賠償責任を負わせていた規定(公証人法六条、戸籍法四条等)を削除していること、(二)賠償能力の観点からすれば、国又は公共団体が賠償責任を負うことによって、被害者に対する損害填補という本来の目的は完全に達成されるのであるから、賠償能力のより乏しい公務員の賠償責任を重複して認める必要はないこと、(三)当該公務員の職務内容から考えて、当該違法行為が被害者の公務員に対する信頼に反し被害者に著しい精神的苦痛を与えるような場合には、慰謝料の額を算定する際に右事情を充分考慮すれば足りるのであって、それ以上に、当該公務員に応訴活動の負担や強制執行を課すことによって被害者の報復感情を満たそうとする意図は本来の目的を逸脱した不当なものといわざるを得ないこと、(四)民法四四条一項又は同法七一五条一項により法人又は使用者が賠償責任を負う場合と国又は公共団体のそれとでは賠償能力に格段の差異がある場合が多いから、法人の機関である個人又は被用者の賠償責任を存置する合理性がないとはいえず、右の差異は公務員を特に保護しようとするためのものではないし、実際にも法人や使用者の賠償能力が充分であれば、法人の機関である個人や被用者に対する賠償責任が追及されない事態はしばしばであって、一概に不権衡を論じえないこと、(五)公務執行の適正を担保するという面においても、公務員の違法行為を理由として国又は公共団体に賠償責任を追及し得ること自体、さらには国又は公共団体が当該公務員に求償し、また、懲戒を課すことができることからすれば、必ずしも当該公務員に賠償責任を認めなくとも前記目的は充分に達成されること、等の諸点を考慮すれば、原告の前記主張には、にわかに左袒しがたい。

したがって、原告の被告小林に対する本訴請求は理由がない。

五  過失相殺

前記一、二のとおり、原告は、全逓東京南部小包集中局支部が庁舎内デモ及び署名提出行動を行なうに際し、組合員と庁舎警備等に当たる職員との間の接触等による事故を防ぐことを任務とする整理班の一員として配置されていたにも拘らず、デモ隊に対し中止解散命令を発していた舘野主事に対し、同人が使用中の携帯拡声器を引きおろす等して右行為を妨害し、さらに同人の体を執拗にゆさぶるという暴行をなし、これを被告小林に強い口調で制止されたことに腹を立て、同被告に対し暴言を吐きながら顔をつけるようにして執拗に詰め寄ったため、同被告による反撃行為を惹起するに至ったものである。

右事実経過からすれば、被告小林の暴行を誘発させた原告においても過半の責任を負担すべきであり、過失相殺の法理により、原告は前記三の損害額の一〇分の四に当たる二万三二四〇円の限度でこれを被告国に請求しうるにすぎないとするのが相当である。

したがって原告の行為が自損行為に該るものとする被告国の主張事実は、前記過失相殺の根拠として認定した限度で採用しうるものであり、同被告の責任を全く否定するには足りないというべきである。

六  弁護士費用

原告は、本訴に勝訴したときの報酬として原告訴訟代理人に対し金二〇万円の支払いを約した旨主張するが、原告本人の供述を初めとする本件全証拠によっても、原告と同訴訟代理人との間の委任契約の存在が認められないわけではないとしても、勝訴の際の報酬金額は明らかではない。

しかしながら、前記五の認容額、本訴訟の経過等諸般の事情を考慮すれば、被告小林の前記暴行と相当因果関係を有する弁護士費用として被告国が賠償すべき金額は、前記五の認容額のおよそ一割五分に当たる三五〇〇円とするのが相当であり、且つ、原告が支払いを負担すべき報酬金額が右認容金額を超えることは訴訟の推移にてらして容易に推認しうるところである。

七  結論

以上の次第で、原告の被告国に対する本訴請求は、前記五の損害金二万三二四〇円及びこれに対する本件事故の後である昭和四九年一一月一日から右支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金並びに前記六の損害金三五〇〇円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から右支払済まで前同様の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、原告の同被告に対するその余の請求及び被告小林に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言及び仮執行免脱の宣言につき同法一九六条一項、三項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 麻上正信 裁判官 稲守孝夫 小林孝一)

<以下省略>

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